11月3日

11月3日のゼミ日誌です。岩橋です。

秋が深まり、段々と寒くなってきました。私の応援するセレッソ大阪もお寒い成績で、とてもつらいです・・・笑
世間ではエボラの話題が上がっていますが、そろそろインフルエンザの予防接種を受けないといけませんね。

さて、本日は5限がニューススピーチと輪読、6限がニューススピーチと4年の卒論報告×2という内容でした。
【5限】
◎ニューススピーチ
日本はエボラ流行国滞在者に対し、カナダと同様入国制限を行うべきか
・YES
 —感染拡大を防ぐためにも、コントロールの措置は採るべき。一般人は制限しても、医療チームは派遣できるのだから感染国は孤立化しない。
 —日本が感染国になれば、一気に孤立化が進む。

・NO
 —ビザの条件を厳しくすれば、十分対応できる。
 —入国制限でエボラ感染拡大という問題が解決できると思わないから、簡単に制限すべきではない。

他にも、最近開発された薬・アビガンが普及するまでの一時的な措置であれば有効ではないか、など様々な意見が出ました。検疫で水際対策を行っているのが現状ですが、エボラの潜伏期間の長さを考えると、検疫では不十分なのではないか、と個人的には考えています。

◎輪読
山本理奈『マイホーム神話の生成と臨界』4章
発表者は、門脇、神尾、杉浦、鳥飼、行本でした。
問い:住宅に対する人々の考え方は産業システムや消費社会の高度化に伴い、それまで のマイホーム主義からどのような変容を遂げていったか。

答え:LDK 空間の分節化に見られるように、身体の快適性を重視する指向が強まり、それに伴って、内装やデザインの限界差異化も加速した(第1節)。また住宅の居住者像から〈マイホーム〉という主体が消えて非主体化を起こし、住宅をめぐる言説の中心が居住主体からマテリアル(素材)へと変化した(第2・3節)。
問題提起:居住空間の主体として、本当に「家族」という輪郭はぼやけ、「不特定な」人々が想定される(p.195)ようになっているのだろうか?

居住主体からマテリアルへと言説の中心が移り変わっている。このことは輪読本で指摘されてはじめて「なるほどな」と感じました。確かに世帯の在り方が多様化している中でマイホーム主義というものは崩れつつあると思います。かと言ってマイホーム主義が完全に消失したのかと言うと、そうでもない気がしました。

【6限】
◎ニューススピーチ
東京六大学でも優勝決定方式を勝ち点制から勝率制にすべきか?
・YES
 —投手の負担軽減ができる
 —プロ野球が勝率制をとっているのに、同様の制度にしても野球の本質とズレないはず
・NO
 —勝敗で野球の本質とズレてしまうから
 —大学側から反対が大きい
 —伝統の重みがある。勝敗はきちんとつけるべき

歴史ある競技会だけにルール変更も一筋縄ではいかないみたいです。長堀の経験者目線の意見にはなるほどと思わされました。

◎卒論
五十嵐
問い:箱根駅伝はメディアを通じてどのような日本社会を表してきたか
仮説:
・戦後期は欧米に追いつこうとする精神主義と経済成長の要因である合理主義を反映していた。
・1980年前後は日本の管理社会を反映していた。
・1990年代以降はバブル崩壊後の日本社会を表し、また、絆や伝統といった繋がりを志向する社会も表している。

石田
問い:欧米ではすでに台頭しており、なおかつ日本の現代社会のニーズに合っているように思える格安航空が、なぜ日本においては苦戦しているのか。
仮説:日本の着ないサービスは、物質主義的な物的サービスと伝統文化に則った人的サービスが融合している。それは日本の伝統社会に対しては前者、欧米に対しては後者の点で独特な文化を形成しており、格安航空会社のサービスモデルとも乖離しているため。

2人とも完成度が高かった印象です。五十嵐はゴールを見据えた分析がしっかりできており、石田は自説の妥当性の分析までしっかりしてできていて、コツコツと進めてきた成果が表れていたのではないでしょうか。


次は神尾さんです