11月25日(木)ゼミ日誌

10期中村です。「次はひでちゃん!」の期待を裏切ってすみません!笑

三田祭があったため、2週間ぶりのゼミとなりました。
銀杏も色づいて、もうすっかり秋ですね!
「紅葉見に行こうよう計画」を実行したいのですが…なかなかみんなの予定が合わないですね…
木々の皆様にはもう少しこのままの色で頑張ってほしいと思います。


それでは、前回のゼミを振り返りたいと思います。

●4限
・ニューススピーチ(担当:さっしー
「光構想、大きく後退 NTT分離見送り―総務省最終報告案」

NTTのアクセス回線網の分離・別会社化を行い「光の道」構想を推進すべきか、
みんなで話し合いました。
通信インフラの整備は国の事業としてきちんと行うべきである一方、
現在既に光回線が整備されていてもADSLより費用が高いためあまり利用されていない事実もあるそうで、難しい問題だと思いました。
別会社化することで値段が下がるのは良いことであるが、
ユニバーサルサービスを競争させるのはどうなのかという意見もありました。


・輪読:ジョージ・リッツァ『消費社会の魔術的体系』
第8章:新しい消費手段の社会への影響および未来(担当:内藤、赤澤、加藤、宮本、中村)

問い:①新しい消費手段をもたらした要因は何か。
 ②また、今後どのような未来が待っているのか。

答え:①以下の3点の要因によって新しい消費手段がもたらされた。
    1.生産社会から消費社会への移行
    2.家族経営から巨大企業による組織的管理への移行
    3.技術進歩
   ②自己の拡大に脅威を与える自己破壊的側面を持ちながらも、消費手段は今後も    拡大していく。

この本のまとめの章だったので、今までの内容の総括と今後の予測が述べられていました。

この章の問題提起は

1.筆者は消費の殿堂の未来について見解を示しており、p.372の17行目で「消費者としてわれわれが、消費の殿堂やその商品とサービスはわれわれに本当の幸福をもたらさないと集団的に実感するようになる可能性がある」と述べているが、そのような可能性はあるだろうか。

2.p.339の14行目で筆者は「消費者はショッピングモール、…、ハイカルチャー消費手段(博物館、コンサート、大学など)から得られることを望んている」と述べているが、ハイカルチャー消費者はローカルチャー消費手段(ショッピングモールなど)を望んでいるのだろうか。

の2つで、

1.に関しては、将来の日本において具体的に嫌消費、ロハス、ダウンシフターなどのトレンドがメジャーなものになるか否かという形で話し合われました。
見解としては、「経済の影響がこのようなトレンドを生み出していると考えるため、定着しないのではないか」、「メジャーなスペクタクル化されたものの刺激という形で残るのではないか」などの意見が出ました。

2.に関しては、「ハイカルチャーとローカルチャーは融合していたほうが便利であるけれど、雰囲気が壊されるので、融合の仕方を工夫すべき」、「仮にハイカルチャー消費者とローカルチャー消費者に分けられるのなら、ローカルチャー消費者が多数派になりそうなため、消費者全体としては融合は歓迎されるのではないか」などの意見が出ました。
科学・音楽・スポーツなどの提供者としては、誰にでも見てほしいのか、それともきちんとわかる人に見てほしいのか…など、いろいろな側面から考えると深い問題だな、と思いました。


●5限
4限で『消費社会の魔術的体系』が読み終わったので、5限はこの本のまとめの時間でした。

この時間は2つの問いについてみんなで考えました。

1つは、

プレモダン
→(脱魔術化/合理化)→
モダン[合理性・マクドナルド化]
→(再魔術化)→
ポストモダン[新しい消費手段/シュミレーション/内破/ディズニー化?]

の図式は説得力があるか。


2つ目は、
私たちは過剰消費させられているか。
というものでした。

1つ目に関しては、
「脱魔術化」という言葉があまり相応しくなく、魔術化の原因となるものが時代によって変わっているのではないか、という意見などが出ました。
そもそもこの本の著者であるリッツァはポストモダンを認めていないそうで、
時代区分をはっきり分けることに対しての疑問の意見も挙がりました。

2つ目に関しては、
グループ内での話し合いでは、車・携帯電話・ペンなど身の回りの製品の製品ライフサイクルが短期化していると感じるため、過剰消費させられているのではないか、などの意見が出ました。


…明日からなんと12月なんですね!!!本当に早いなぁと思ってしまいます。
今年も残り1カ月になってしまいますが、
寒さに負けずにいろいろがんばりましょう!!